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日本聖公会 京都教区における 児童への性的虐待事件

被害者側代理人 公式ページ

http://www.m-fumio.com/

司祭による児童虐待事件の速やかな解決を!



以下、堀江氏のホームページより転載:

 

2007年1月29日に京都教区の高地主教が全国の教会に発送した文書は

  高地主教が父親とfax で確認、承諾後発送前に都合の良いように書き換えた!

 

【京都教区主教の高地氏と1月29日文書について電話で確認しました。】

                       2007年2月9日

 

堀江 「高地さん!全国の教会に出されたあなたの1・29文書で、父親は

   「そんな内容を承諾されるはずはない」と疑問を抱き、父親に会いに行って確認しました。

      父親は「騒ぎ立てると言うような表現を使った内容の文書を全国の教会に送る了解をした覚えはない!」

      とはっきり言われていますが、いかかですか?

 

高地 「原稿はFAXで父親に見ていただき、2,3箇所訂正されて

    送られてきました。だから了解を頂いています。」

 

堀江 「話が食い違っていますね?」

    父親は「最後に交わしたfaxで了解した文書とは大きく違っている」

    とおっしゃっていますが・・・・。

    「父親は裁判で4年間も教区と戦い、結審後も武藤主教や古賀司  

    祭が平然としているし、要望を出しても誠意が感じられない、もう

    これ以上耐えられない、教会を離れたい、と言うような 

    心境で昨年末から苦悩の極みの状態だったですね。そこへ私が

    審判廷に申し立てる以外道がひらけませんよと勧めたので、1週 

    間ほど考えられ、内輪で審判しても期待できないという結論で申し

    立て書を返してこられたのです。そのような話を聞いて、

主教さん!あなたは

    父親が「考える会」と離れたと早合点して、あのような文書の発送を

    思いつかれたのでしょう!

    ところで、父親とFAXしたということが真実であればどうして父親が

    全国に送られた文書を見ていない、騒ぎ立てるの言葉も使ったこと

    ないと言われているのですか?

ドラフトになかったものを付け加えたり、自分達に都合の良いように表現を変えたものを

最終稿にして全国に送られたのでしょう」

どうなんですか?」

 

高地 「騒ぎ立てるはこちらでそういう表現にしました」

 

堀江 「高地さん!「します。」を「致します。」とか「昨日」を「きのう」と変えるようなものでは

        ないでしょう。重大なことですよ。そして文末に

   「なお、この文書は被害者の関係者の方の了解のもとに出しておりますことを申し添えます。」

        と書いたことは主教さん!父親を騙したことになるじゃありませんか!」

「高地さん!あなたは主教として恥ずかしくないのですか!」

「主教さん!人間として一番汚い手を使っているではありませんか!」

 

高地 「堀江さんもよく使う手法ですよ!これでお相子じゃないですか。」

 

堀江 「高地さん!なんということを言うのですか、全国の教会に送られたのでしょう、回収しなさい!

        最後に”この文書は被害者の関係者の方の了解のもとに出しております”

    と書かれているでしょう。全国の教会を騙したことになるでしょう。

    訂正と謝罪の文書を発送しなさい!

    被害者父親と全国の教会、聖職者、信徒に謝罪しなさい! ここまでよくやりますね!

    また、その文書の中で私が「事実でない内容を書いている」と言うような印象を

    植えつけているが、どことどこなのか、こんな重大なことで正確に羅列してください。

        父親に見せたら、最終稿にはその表現は入っていなかった!」とはっきり

    証言されているではありませんか!

高地 「・・・・・・」「・・・・・」

堀江  「高地さん、主教さん、なんとかおっしゃりなさいよ、弁解できないでしょう」 

  

父親は年が明けて高地主教に「これ以上耐えられない、平和な家庭を取り戻す為には教会を離れるしかない、

堀江さんには審判廷の申し立て書も返しました。」というような連絡内容の手紙を送られたことは事実です。

その手紙を見て、主教はこの文書の発送を思いつき、父親の心情を利用すれば、父親と支援者を切り離せる。

とほっとしたのでしょう。

そして高地主教は人間として一番汚い禁じ手を使ったのです。

こんな主教を京都教区の聖職者が誰も意見しない!じっと沈黙を守り、自らの良心を裏切っているのです。

だから解決、和解が遅れているのです。

 

(以上、転載終り)

 

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